翻訳業者と聞いて、どのような組織を思い浮かばれるでしょうか?大きな広いオフィスに沢山の翻訳者が並んでいて、全員パソコンに向かい作業をしている姿、或いは、数名の翻訳者がいる比較的小さなオフィスで、翻訳原稿が山積みになり、みんなで相談しながら翻訳を進めている姿、はたまた翻訳者が一人で机に向かって辞書片手に翻訳をしている姿、などなどあると思います。どれも正解です。翻訳業者は全国に約2000社あると言われており、その大半は翻訳者一人で法人成りした組織です。そして零細業者と中小業者が全体の2割程度あり、比較的大きな業者は20~30社です。年間売り上げでは最大手の翻訳業者が約100億円程度と言われています。比較的大きな翻訳業者で数億円から数十億円であり、その他のほとんどの業者は1億円以下になります。このことから中小業者が中心となっている業界であることがわかります。
翻訳業者はどこにあるの
全国津々浦々にあると言えますが、お客様が集中している首都圏と関西圏に多いようです。翻訳業者の7割はこの2つの地域にあります。以前は紙原稿が主体であった為、翻訳業者の社員がお客様の事務所へ出向き、原稿を手渡しで受け取り、業者のオフィスへ持ち帰りその原稿が汚れないように気を配りながら、翻訳作業をしていました。日本の翻訳業界は1960年ごろより活気付き始めましたが、当時はコピーを取るにも費用がかかり、お客様の原稿を直接見ながらの作業でした。その後コピーが安価でどこでも取ることができるようになった為、お客様の原稿からコピーを取り、翻訳作業時にはそれを使うようになりました。そして納品時には、汚れのないお客様から預かったオリジナル原稿と翻訳物を一緒に納品するケースが多くなったのです。さらに時代が進み、ワープロの出現並びにパソコンが一般に普及し出すと、紙原稿をお客様より頂くことが少なくなり、代わりにソフトファイルをフロッピーでもらう翻訳業者が増えました。2000年代に入るとネット環境の充実と大容量のサーバー、HDD、そして通信速度向上のお陰でフロッピーの代わりに、メール添付で翻訳原稿、翻訳物納品が行われるようになり、最近ではクラウド技術を使い、セキュリティの高いクラウド空間を翻訳依頼者と翻訳業者が共有して、ファイルの受け渡しが行われることも普及しています。昔はお客様の近くに翻訳業者がオフィスを構え、より早く原稿を取りに伺い、納品ができるようにしていたのですが、現代ではネット技術の発展により翻訳業者とお客様事務所との距離は実務に悪影響を与えることが無くなりました。ネット環境が整っていれば翻訳業者は地球のどこにいても仕事ができるわけです。
翻訳業者の役割とは
翻訳業者の基本の仕事はお客様より翻訳原稿を見せて頂き、見積もりを作成、お客様のご承認を頂き発注を請けて、その翻訳を行い、お客様に期限までに納品することです。品質の高い翻訳をお約束した納期内に納品することは当たり前ですが、お客様の大切な原稿を扱いますので、特にセキュリティについては十分すぎる配慮をしています。以前は紙コピーを取ることが多かったので、翻訳作業後それらを必ずシュレダーを使って破棄していました。また翻訳用に資料をいただくことがありますので、それらも間違えなく返却するなり、破棄していました。それが紙での受け渡しがなくなった現代ではネット環境でソフトファイルをやり取りしますので、サイバー上のセキュリティが大変重要になってきています。翻訳業者サイドとしては、自社のサーバーにお客様の原稿・翻訳物が納品後確実に削除されたことを確認すること、翻訳者のパソコン内にお客様の原稿・翻訳物のファイルが残っていないことを日常作業の一環として行っています。
翻訳業者の仕事の流れとは
お客様より電話、メール、自社サイトなどから翻訳依頼の問い合わせを頂いたら、原稿を送って頂きます。リピータのお客様の場合、流れをご理解いただいてますのでスムーズに進みますが、初めてのお客様の場合には流れの説明、更に最近では守秘義務契約書を必要に応じて交わす事からスタートします。お客様の中には原稿を添付して問い合わせをされる方もおられます。翻訳業者は原稿内容を確認し見積もりを作成する事が通常ですが、翻訳範囲が不明確であったり、お客様のご指示が原稿内容と相違がある場合などは、正確な見積りの為にお客様へ質問を致します。その後、見積もりを行います。見積もりは原稿の中で翻訳対象となる範囲の字数になります。日本語英訳の場合は日本語字数(漢字でもカナでも1字です)カウントで、英語和訳の場合は英語ワード数カウントが基本になります。翻訳業者によっては出来上がり字数で見積もりを作成するところもあります。ただその場合は翻訳を終えないと正確な字数が分かりませんので、お客様にも事前に翻訳料金を了解の上、作業を進める事ができなくなる為、最近では原稿字数で最初に正確な金額を計算する業者がほとんどのようです。
さて見積もり条件(主に納期、金額、納品仕様など)にご了解をいただき発注になり次第、翻訳業者は担当翻訳者を決定し、翻訳作業に移ります。翻訳業者と翻訳者との間で翻訳作業についての細かい打ち合わせがなされ、翻訳者は翻訳業者の指定納期までに作業を終え納品します。翻訳分量が多いときには分納になるのが通常です。翻訳業者の担当者も適宜翻訳者と連絡を取り、納期に間に合うようサポートします。翻訳作業が終わり翻訳者から翻訳業者へ納品がされると、翻訳業者にてお客様への納品前総合チェックになります。この段階では、誤訳、タイプミス、翻訳抜けなど、翻訳内容に加え翻訳者が見逃したミスなどを修正し、より品質の高い翻訳物に仕上げます。実はこの作業をどの程度丁寧に時間をかけて行うかにより、翻訳品質が大きく左右されます。お客様からは見えない作業ですが、品質に対して配慮が高い翻訳業者はこの段階での作業に力を入れています。お客様には納品後、内容チェックをして頂き、ご質問、翻訳がおかしいと思われる箇所などがあれば適宜修正・再翻訳を行い、ご満足がいくように仕上げます。最後に請求書をお送りしてお振り込み頂きます。
翻訳業者の悩み
如何にして質の高い翻訳をお客様に継続して提供し続けるかは翻訳業者の大きな課題です。通常翻訳業者はたくさんの翻訳者と契約していますが、翻訳者には得意分野があり、どのような内容の翻訳原稿でも翻訳できる翻訳者はいません。特に専門度が高い原稿を翻訳できる翻訳者は数が不足しています。お客様のご依頼がいつ入るかは予測できませんので、専門度の高い内容の原稿を翻訳できる翻訳者を常時確保する事が翻訳業者が抱えている悩みの1つです。次に優良翻訳業者としての悩みが、初めてのお客様に対し品質が高い翻訳を提供していることをどのように理解していただけるかです。安かろう、悪かろうの翻訳業者は沢山いますが、見積もりの段階ではお客様に優良翻訳業者であるかそうでないかの判断がし難いことです。多くのお客様がより低価格の見積もりに惹かれ、納品時にがっかりされたのを何回となく見てきました。お客様は仕事のスケジュールに合わせて、業者を選び、納品を待つのですが、納品された翻訳が使い物にならなかったり、自分で赤ペンを入れ修正を多くする必要が出たのではたまりません。結果、仕事で使用するタイミングに間に合わなかったという、許し難い事故も起きてしまいます。翻訳業者を選ぶ際には、くれぐれも価格のみで判断をせず、業者の対応、過去実績、場合によってはトライアル翻訳などを通じ、間違いのない選択をして頂きたいと思います。3つ目がお客様が翻訳範囲を明確に定めておらず、翻訳進行中に翻訳範囲や翻訳対象が変わることです。特にホームページの翻訳依頼時に起こります。ホームページはリンクが多く、トップページだけでなくそれに繋がる多くのページが存在します。それらのどのページまでを翻訳範囲とするのか、お客様の中には具体的に決める前に発注される方がおられます。翻訳業者としてはできる限り具体的に、どのページが(どのリンク先が)翻訳対象であるかをお聞きするのですが、リンクのリンク先などがあると裾野が広がり、お客様も把握されていないページが出てくる事があります。翻訳作業を進めていき、翻訳者が翻訳対象に入っているのかどうかを迷い、翻訳業者を通じて都度確認を取ることになり納期に影響を与える事があります。
直訳と意訳
翻訳業者が翻訳を進める時、常に気を使うのが、英訳であれ和訳であれ、翻訳文全体がこなれた文章になっていて、読み手が抵抗なく理解できる仕上げになっているかどうかです。語学的に間違っていないだけでは、ビジネスで使用する翻訳としては良い翻訳とは言えないでしょう。そこで出てくるポイントが、直訳と意訳です。直訳とは原文通りに翻訳することで、意訳とは意味を汲んでより自然な文章になる様翻訳する事です。契約書や技術マニュアルなどは直訳に近い翻訳になる傾向があり、文学・詩・歌などは意訳でないと何を言いたいのか読み手が理解できない不自然な文章になる傾向があります。ただ直訳のリスクは、日本語の文法や言い回しが多くの外国語と異なっていることから、(例えば)英語を日本語へ直訳するケースでは、日本語では使われない不自然な日本文(でも意味はわかる)になることです。反対に日本語を外国語へ翻訳したときには、日本語を全く理解しない読み手が、翻訳された外国語での文章を読んで何を意味しているのか想像もできない様な翻訳文になることです。経験から言えることは、直訳が比較的多いとされる契約書や技術系翻訳であっても、適度に意訳を意識した翻訳の方が、完成度の高い翻訳に全体を仕上げることができる事で、翻訳者にもその様に心がけて作業をする様に常に伝えております。
自動翻訳・機械翻訳・AI翻訳
IT技術の発達に伴い、自動翻訳・機械翻訳技術が進歩してきました。10年ほど前までは翻訳作業と言えば一から人手に頼っていました。翻訳者という職人の技術による作業です。当時でも簡単な単語や文章を一言語から他の言語へ変換するソフトウェアは存在しましたが、いわゆるプロの翻訳作業では使えないものでした。それがAI技術が進んだ事、通信技術が進んだ事などから、最近ではかなり長い文章でもある程度使える翻訳が翻訳ソフトでも行えます。代表的ソフトはGoogle翻訳です。例えば、I have a penを日本語へ翻訳するようにGoogle翻訳機能で入力すると、正しい日本文が表示されます。反対に日本語で、昨日は夜9時に寝ました、と入力すると、何語へ変換したいかを指示すれば、主な言語へ瞬時に変換してくれます。この様に日常話し言葉で使うレベルの内容であれば、かなり使える、と考えて良いと思います。それでは複雑な文章や文学的表現が多い場合はどうでしょうか?Google翻訳ソフトではまだまだ未完成である様です。とりあえず翻訳はされますが、不自然な文章になったり、意味が?の場合がある様です。最近ではDeepLとかT-400という機械翻訳ソフトが登場しかなり精度が上がってきています。クラウド技術を使い、過去の多くの翻訳事例を記憶させ、翻訳する文章とマッチングを図ることでより使える翻訳文を作成します。それでも翻訳業者へ依頼される多くの原稿は複雑な文章構成であったり、言い回しが独特であったりする事が多く、これらの機械翻訳を使っただけの翻訳では不完全な仕上がりになる為、機械翻訳された文章を翻訳者がエディットする作業と組み合わせて(MTPEと呼ばれています)翻訳を仕上げています。今後機械翻訳がどこまで発展するかわかりませんが、日本語の構成・構文・文法・言い回しなど多くの外国語に比べて特異な点が多いため、完璧な機械翻訳ができるにはまだ時間がかかる様です。
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